Yukiyakko's Yokohama Life

お酒に美味しい食べ物、大好きな音楽、愛すべき大切な人々に囲まれた日々の記録。宝物は2匹の愛犬。
お酒に美味しい食べ物、大好きな音楽、愛すべき大切な人々に囲まれた日々の記録。

宝物は2匹の愛犬。
季節は巡る

季節は巡る

Mがこの世を去ってから今日で1年。
Mに会えなくなってから1年か。

当たり前だけど、Mが居ないからって世の中は変わらない。
朝起きて会社に行って、愛犬も幼稚園に行ってとあの頃と変わらない日々。
ただMが居ないだけ。

2019年9月7日.あの日は風が強かった。
体調が悪かったMと一緒に病院へ行き、検査中に心肺停止に。

心臓マッサージされているMに付き添いながら、何が起きているのか理解出来ずに一人で震えていたわたし。
溢れ出て来る涙目をなんどもぬぐった。
検査の後には一緒に帰るつもりだったのに。

医師からの状態の説明を受けて、看護師さんからMが着ていた服と靴、荷物を全て持って帰ってと言われた時の気持ちを今でもはっきりと覚えている。

退院する時に服も靴もないと困るので
持って帰りませんって答えた。
看護師さんは、じゃあ病院で預かりましょうと言った。

帰宅してからの事はよく覚えていない。
主治医から連絡が来て、アメリカのパパに状況を説明して欲しいと言われたけど、英語での病状の説明に間違いがあったらいけないから主治医からの説明をお願いした。
意識戻りますよね?って聞いたけど、
難しい、万が一戻ったとしても普通の生活には戻れないって説明受けた。
嘘だ、何言ってんのって。
ただ眠っているようよ?すぐ眼が覚めるでしょ?

翌日からは仕事を終えてCCUにいるMに見舞いに毎日せっせと通っていた。

毎日毎日今夜のような雨が降っていた。

暗い雨の中を意識が戻らないMに会いにいくのは精神的にきつかった。
意識戻りましたか?毎日最初に看護師さんに聞いていた。
会社の人や友人が一緒に行ってくれた事がありがたかった。

日が経つにつれ、素人目にも明らかに状況が悪くなっている事が目に見えて来た。脳波がフラット、酸素が足りない、
自発呼吸がない、今夜がやま、嫌な言葉ばかり。

最後の見舞いの日、私はその日が最後だと感じていた。今までの希望がなくなっていた。
手が軽かった。痙攣も酷くて見ていられなかった。
看護師さんは条件反射と言っていたけど、Mの名前を呼ぶと眼球が動いて涙を流した。
どうか今Mが苦しくないようにって泣きながら冷たい手足をさすり続けた。

帰宅して眠れずにいた深夜01時20分、
病院から連絡が来た。

Mが居ないこの先の人生、どんなことが待っているんだろう?
私の命もいつかは尽きる。

その時迄は生きる。

そうする事が辛くてもMが生き切った、どんな事があっても耐え抜いた、Mへの手向けになるんじゃないかと思っている。

最近、色々挫けそうで辛くて仕方ないから、改めて彼の命日に頑張って生きて行こうと決意し、ここに書き残しました。

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